2016年7月4日月曜日

7月の放送 由布院の軌跡 後編 ー温泉観光地の今ー



前回に引き続き、由布院のこれまでと今を紹介した「由布院の軌跡・後編」。
由布院は「100年の町づくり」を掲げていますが、震災の復興でも、その根本的な考えはぶれていないと感じました。
今回お話を伺った由布院 玉の湯の桑野社長、溝口会長はもちろん、
山荘わらび野の高田社長、草庵秋桜の太田社長、そして他の経営者の方や地域のみなさんも、おそらく思いは同じ方向を向いているのではないかと思います。
現在の状況を打開する策を考えながらも、長期的なビジョンも忘れる事はない。
桑野社長から話を聞く中で、そう感じました。
桑野社長の言葉で印象的だったのは「変わらないことの強さ」。
話にもあった「静けさと緑と空間」は由布院の魅力のひとつですが、それを後世まで守り続けるという強い意志が感じられた一言でした。
また、取材をとおして、今回の地震は熊本や大分だけでなく九州全体に影響を与えているということを知りました。つい自分たちのことしか考えられなくなりそうなものですが、今回インタビューで協力いただいたみなさんは、広く、大きな視点で行動している事に感動しました。
 

観光客が集まる中心部から一歩外に出ると広がる農村の風景は由布院ならではだと思います。その風景が残るのも、溝口会長を含む3人のリーダーたち、そしてその意思を受け継ぐ仲間がいるからこそ。
個人的には、由布院は田植えが終わった活き活きとした緑が栄える、この時期の風景が大好きです。取材の際にも、水田に映る由布岳をカメラに収めようと由布院を訪れている方々も目にしました。もちろん、私もケータイカメラに収めました。

今回は何度も由布院へと取材に出向きましたが、行く度に観光客が増えている・・・ように感じているだけかもしれませんが・・・

観光客の姿を見るとこちらまでうれしい気持ちになりました。
SNSなどが発達した今の時代です。
ぜひ、みなさんで由布院へと足を運び、「由布院は元気です」、「大分は元気です」、そして「九州は元気です」ということを発信してほしいですね。


7月のプレゼント

今回も前回に引き続き、「由布院ものがたり」を10名にプレゼントいたします。

【宛先】

〒870−0822
大分市大道町3丁目2-24
風之荘 本館

円相 視聴者プレゼント係


【〆切】
2016年 8月5日


住所・氏名・年齢・番組の感想をご記入の上、官製はがきにてご応募ください。

ヤクシンインフォメーション



今回は6月14日に風之荘本館にて開催された「平成27年度 風之荘物故者慰霊祭」の模様をご紹介しました。
慰霊祭は今年で25回目。ご参列いただいたのは、この一年間に風之荘でお見送りのお手伝いをさせていただいた方のご遺族のみなさまです。
今回のテーマは、始まりや新たな出発を意味する「一(いち)」。
テーマが掲げられた祭壇では、故人さまのお名前をみつけて喜ばれる方、涙を浮かべる方、しっかりと手をあわせられる方など、その反応も様々でした。

慰霊祭では、恒例のヴァイオリンとピアノによる献奏、風之荘スタッフによる絵本の朗読をはじめ、ご参列者による献花、やまおか在宅クリニック院長の山岡憲夫さんによる講演などが催されました。
また、閉式後はご参列者みなさまでバルーンリリース。
今年は天気もよく、青空にむかって白い風船が飛んで行く様子は、故人さまのもとへと本当に届きそうに見えました。
バルーンリリースは何度見ても感慨深いものがあります。

今後も物故者慰霊祭は風之荘本館で開催する予定です。


2016年6月3日金曜日

6月の放送 「由布院の軌跡・前編」




今や日本でも有数の温泉地となっている由布院ですが、昔は温泉があってもほとんど観光活用されていない、山奥の農村でした。

 
その景観を生かし、温泉地へと成長させたのが、今回の取材に応じてくれた玉の湯の溝口会長をはじめ、旅館を営む有志たち。
活気ある現在の由布院しか知らない私にとって、町づくりの話はたいへん興味深いものでした。
しかし、先の地震により、大きな被害を受けた由布院ですが、駅前や湯の坪街道など、日常、多くの人で賑わうところも人通りが少なく、寂しささえ感じます。
一時期に比べると徐々に客足は戻ってきているようなので、これからに期待です。

山荘わらび野さんのように、物理的に営業が困難なところもありますが、
やはり問題は風評被害。
由布院を訪れるとわかるのですが、多くの店舗や旅館は通常通りに営業しています。
被害状況だけがクローズアップされ、「由布院は危険」といった印象が少なからず残っているように感じました。そのイメージが先行しているのが現状のようです。

実際、由布院が地震による被害を被るのは1975年4月に起こった大分県中部地震
以来です。当時、溝口会長をはじめ地元民の力で、活気ある由布院へと復活させています。
今回取材に協力いただいた方も、みなさん前向きな姿勢でした。
一日も早い復興で、活気が戻る事を願います。
その為にも、私たちメディアをはじめ、大分のみなさんの協力が必要だと考えます。
現状を受け止め、今できる事を精一杯やることが大切ではないでしょうか。

今回紹介しきれなかったエピソードは来月の「由布院の軌跡・後編」でご紹介します。
ぜひご覧下さい。




6月のプレゼント




今月は「由布院ものがたり」を抽選で10名様にプレゼントします。

2016年5月6日金曜日

5月放送<口演童話の父 久留島武彦>


 隣県の熊本をはじめ、大分でも被害をもたらした4月の地震。
未だ余震が続いていますが、被害に遭われた方には心からお見舞い申し上げるとともに、一日も早い復興をお祈りいたします。



さて、今回は玖珠町出身の児童文学者 久留島武彦についてご紹介しました。
玖珠町は「童話の里」としても知られ、町のいたるところに童話に関するモニュメントが設置されています。
番組内では紹介していませんが、三島公園にある桃太郎の銅像もそのひとつ。
この桃太郎の銅像は、昭和13年に久留島武彦の提唱により北九州に建てられ、昭和25年に玖珠町へと寄贈されたものなんです。
この銅像を制作したのが渡辺長男。実は銅像作家の第一人者であり朝倉文夫の実兄なんです。そのため、芸術的にも非常に優れており、町の指定有形文化財にもなっています。

今回、久留島武彦が森藩藩主の末裔である事は知っていたのですが、キリスト教の洗礼を受けているのは、この取材で初めて知りました。
土地の主でありキリスト教の洗礼をうけているということで、大友宗麟を思い出してしまいました。
久留島武彦は、クリスチャンであることを叔父に大反対され、布教活動を大々的に行う事はなかったのですが、この時の出会いが児童文学者、そして口演童話活動へとつながっていきます。
現在も「ひこわの会」のみなさんをはじめ、久留島武彦の思いを受け継いだ方々が子どもたちに童話を話し聞かせています。
「ひこわの会」の方々もおっしゃっていましたが、このような活動や久留島武彦の思いは、末永く受け継いでいってほしいものです。

晩年、久留島は「チャンス」という演目を口演することが多かったそうです。
もしかしたら、自分の生い立ちと重ね合わせ、口演童話を通してその思いを伝えたかったのかもしれませんね。


5月のプレゼント


今月は久留島童話名作選を抽選で
5名のみなさまにプレゼントいたします。