2018年12月7日金曜日

12月の放送 大学を創った大分人 -新時代を築いた教育者たち


今月は「大学を創った大分人 -新時代を築いた教育者たち-」と題し、
「福沢諭吉」「金丸 鉄」「伊藤 修」「元田 肇」「石川清忠」
5人の創立者たちに迫りました。
彼らはどんな思いで、そしてどんな理想を掲げ大学を創ったのか。
取材を進めていくと、いくつかの共通点が見えてきました。
大きくは時代。今回は明治の初頭に創られた大学が多いのですが、
いわゆる明治維新を迎えた激動の時代です。
創立者たちの話を聞いていくと、日本のため!や自由のため!
あとは、まだ女性の社会的地位が低かった時代で女性を救うために!など
とても大きな視点で日本や物事を変えるために尽力していたことがわかりました。
環境が人間を作ると聞いたことがありますが、明治の激動の環境とはいえ、
ここまで大きな志しを持って他人のため、ひいては日本のために生きた彼らに
大きな尊敬を感じました。


今回、取材では3つの大学に訪れました。
そのうち慶應義塾大学と法政大学は東京のいわゆる都会の喧騒の中に
ある大学なのですが、キャンパスに入るととても静かで東京の真ん中にあることを
思わず忘れてしまいます。
法政などは中にセブンイレブンや中央大学はスターバックスがあったりと
一つの大きな街みたいでした。
学食や喫茶店など一般の方の利用も出来るそうなので、
大学生の活気に囲まれながら一息つくのもいいかもしれません。



12月のプレゼント


今回は「慶應義塾・法政大学・中央大学のオリジナルグッズセット」を
抽選で3名のみなさまにプレゼントします。

〈風之荘のお知らせ〉

今回は11月16日に風之荘 高尾山あけの斎場で開催しました
人形供養法会の模様をお届けしました。

この人形供養法会は、みなさまの長年の思い出や
愛着のあるお人形をご供養させていただくもので、
当日は、多くのみなさまがお人形をご持参していただき
ご参列されました。

風之荘では、今後も人形供養法会を開催する予定です。

2018年11月5日月曜日

11月の放送 深耶馬渓の開拓者 村上田長


今月は「深耶馬渓の開拓者 村上田長」と題し、玖珠と中津をつなぐ道を開拓した村上田長に迫りました。
村上田長は実家の病院を継ぎ医者としての家業をこなしつつ、塾を開き大分中学校の校長に就任するなど教育者としても活躍。更には田舎新聞を発行し、ジャーナリストとしても活動。更に更に!玖珠郡の郡長に就任し道の開拓に乗り出すなど政治家としても活躍したまさにマルチに活躍しました。今でこそマルチタレントとして活躍する人は多いですが、田長が生きた時代にここまで幅広い分野で活動し、功績を残した人物は他にいないんじゃないでしょうか。
田長が作った道は現在ほぼ残っていませんが、中津と玖珠の境目、一目八景から車で5分程の所に石碑が建てられています。人々がこの道にどれほど感謝し、田長を思っているかを感じることができます。
石碑がある休憩所(駐車場)から道路沿いに少し歩くと残された旧道を見ることができます。現在は人がほとんど入ることが無いのか、草が生い茂り見つけることすら困難な状態ですが、のみと鎚によって削りだされた岩壁がそのまま残されており、工事の苦労が感じられます。ショベルカーやはたまたダイナマイトすら無い時代に、自分たちより大きな岩や岩盤を人の手で掘り進めていたことに驚きを隠せませんでした。
平成29年に中津と玖珠が共同で申請した日本遺産にこの道路を開拓した田長のエピソードも含まれており、改めて田長の功績を深く知ることができます。紅葉シーズンですので観光地を巡るついでに、一目八景に訪れた際には村上田長の功績と工事に携わった人々に思いを馳せてみてはいかがでしょうか?

11月のプレゼント



今回は「耶馬渓紀行を抽選で5名のみなさまにプレゼントします。

風之荘のお知らせ 



今回は第3回大分合同新聞広告賞の授賞式の模様をお届けしました。
この広告賞で風之荘の「ことだま、風之荘のこころシリーズ」が見事金賞を受賞し、制作者の風之荘 代表取締役 薬真寺哲也氏とデザインマップのデザイナー 長門敦さん、上野めぐみさんらが出席しました。
審査には審査委員長の根之木英二さんをはじめ・県立芸術文化短期大学名誉教授ら7人が務めました。金賞受賞した作品について審査員から「広告というより読みもののような、読む人へ思いが伝わるシリーズ」と評価をいただきました。
風之荘の広告「ことだま、風之荘のこころ」シリーズは今後も大分合同新聞、月間セーノで掲載していきますので、ぜひご覧ください。




2018年10月7日日曜日

10月の放送 小説の舞台になった大分



今月は「小説の舞台になった大分」と題し、国木田独歩の小説「春の鳥」の舞台となった佐伯市と、川端康成の小説「波千鳥」の舞台になった竹田市を訪れ、作者を魅了した大分の魅力に迫りました。2人が共通して感銘を受けたものは「大分の自然」です。都会には無い大分ならではの自然は作家たちの心を惹き付けるものだったのです。
さて、今回取材でお邪魔した佐伯市で最も印象的だったのが、国木田独歩が愛した「城山」です。
佐伯市街のほぼ中央に佇む標高144mの城山は、かつて佐伯城があった場所です。佐伯城は1606年(慶長11年)、毛利高政によって築かれました。天守閣は築城後火災によって消失され、残った隈櫓・土塀なども廃藩置県の際に取り壊されました。現在は三の丸の櫓門と、山頂の石垣が残されています。

今回取材でこの城山に登りましたが、何ともキツい道のりでした。山頂を目指す為には「独歩碑の道」「登城の道」「翠明の道」「若宮の道」4つのルートがあるそうで、それぞれ距離もこう配も異なります。
私たちが選んだのは「登城の道」。急勾配で、くねくねと右へ左へ行ったり来たり、道も整備されておらず、まさに登山道!といった感じの道です。
これがまたとにかくキツい!インドア派の私は終始ぜぇぜぇ言いながら登りました。意識がもうろうとしていてあんまり覚えていませんが、2030分程で登頂できたと思います。(体感は1時間)
大事なことなのでもう一度言います。とにかくキツい!
でも山頂にはとても気持ちがいい秋風が吹いていて、何よりも佐伯を一望できる絶が疲れを吹き飛ばしてくれました。国木田独歩も城山に何度も足を運んでいたそうですが、登り終えてやっとその意味が分かりました。
城山から見る景色は本当に素敵なんです!
皆さんも登山にピッタリな今の時期に是非登ってみてください。
と気軽に言いたい所ですが、私と同じようにインドア派で運動とは無縁という方には、かなりの覚悟とタオルと水分が必要になります。距離は伸びますが、整備された緩やかな上り坂の「独歩碑の道」からの登山をお勧めします。途中に休憩できるベンチもありますよ!
(ちなみに地元の方はサクサク登っていました)
国木田独歩も愛した佐伯の景色をその目でご覧ください。