2012年9月1日土曜日
9月の放送 鶴崎踊
みなさんの中にも鶴崎踊をご覧になった方も多いはず。
鶴崎踊っておよそ450年も続いてる郷土芸能なんです。
しかし、この踊は鶴崎で生まれた踊ではなく、古来の日本の各所にあった踊りが
鶴崎の土地で根付き、継承されたものであります。
歴史書「大友記」や「西國盛衰記」などできっかけとなる起源には触れていますが
詳しい文献も少なく、不明なところも多いので、言い伝えがほとんどではありますが
そこは歴とした国選択無形民俗文化財、大分の文化遺産に他なりません。
そもそも鶴崎踊は2つの踊りで構成されています。戦国期に生まれた左衛門と
織田信長の時代に踊られた猿丸太夫がそうです。
そして鶴崎踊のメインは後述の猿丸太夫。猿丸太夫は伊勢踊が起源とされています。
伊勢参りが盛んであった当時、神から授かったもの宮笥(みやげ)として
伊勢の踊りも合わせて全国に広まったそうです。
昔から鶴崎の人々は信心深かったこともあり、伊勢踊りもこの地に根付いてのだと
思います。
そういった経緯があってか、鶴崎には大分で唯一の伊勢神宮の遥拝所、
鶴崎大神宮があります。
昔はみんなが口を揃えて、「一生に一度は伊勢参り」というほど心に思っていたそうです。
しかし、伊勢に行くのは時間とお金がかかるということで明治政府の時、
全国31カ所に遥拝所をつくることになったそうです。
当時、鶴崎は港町として栄えていていわば、中心地。
県庁を建てるという話もありましたが最終的には遥拝所に人々は賛同し
たそうです。
そういった史実からも、鶴崎の人々は信心深かったこともあり、今日まで
鶴崎踊が継承されてきたのでしょう。
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