2011年11月12日土曜日

11月の放送 賀来の市仲秋祭

大分に秋の始まりを一番最初に伝える賀来の市仲秋祭。
一年に一度、賀来神社のご神体が柞原八幡宮に戻ってくる。

・・・と聞いてもご神体って何だろうかと全く知らなかった私には最初あまりピンときていなかった。
地元のひとによると「その名の通り神様の体だよ」と。
一体どんな姿をしているのだろうか。
想像がつかなかった。

仲秋祭初日。
賀来神社では柞原八幡宮にはたくさんのひとが集まって宮司さんたちが祝詞をあげた。
今か今かと待ち受けてついにご神体とご対面。
糸がピンと張ったような緊張感が漂っていた。
ご神体の姿は白い布に包まれた木。
その由来は様々あるらしく確かな事は分からなかったが、その布の形からは剣のような木が入っているんじゃないかと想像させられた。

ご神体が賀来に到着する頃。
大名行列が待ち受けていた。
初めて賀来の市を見た私にとってはまずその人の多さと地元の人の団結におどろかされた。
行列だけでも200人以上。
見学する人まで入れたらどれほどの人が集まっていたんだろうか。
細い路地は隙間を縫って歩くくらいだった。

地元の人で構成されている大名行列。
衣装はばっちりとそろっていて、役柄によっての所作は違うものの動きは完ぺき。
相当な時間がかかったのだろうと思う。

特に多くの人の目を引き付けたのが鳥居越え。
中学生の男の子が務める大役だ。
3か所の鳥居の前で矢傘を投げ、鳥居をくぐって落ちてきた矢傘をタッチする。
成功するまでは前進しない。
こちらまで手に汗握る瞬間だが、みんな必ず成功させる。
本当に頼もしい表情だった。

賀来の市仲秋祭。
見ている者まで大名行列のあった時代にいるような気持ちに引き込まれる。
このままずっとずっと続いていってほしいと思う。
しかし、地元の人によると賀来地区でも少子化は気になる問題だそうだ。
行列には子供たちがいなくては成り立たない。
しかし、行列で勇壮な所作を見せる子供たちの目はとても真剣で
圧倒されるような強いエネルギーを感じた。
だから心配はいらないのではないかとも思う。
今回行列に参加した子供たちを含め多くの地域の人がこの祭りを守っていくのだろうと思う。

2011年10月10日月曜日

10月の放送 万寿寺

大分市の中心。
こんな町の中に由緒あるお寺があるのにはとっても驚いた。
今までは何気なく通り過ぎてしまっていた。
「お寺の修業は厳しい」というイメージはあったものの、
実際にどんな修業をして、どんな生活をしているのか想像がつかなかった。

朝は4時から。
私の普段の生活だと、熟睡している時間。
だから朝のお経と坐禅は眠気との戦いだった。

眠気との戦いを経てたどり着いた朝食の時間。
お腹が空いて楽しみで楽しみで・・・!
メニューはお粥に漬けもの。
味付けをしていないお粥だから、食べなれない味。
普段なら、漬けものをおかずにお粥を食べるが、
万寿寺で教えていただいた食べ方はそうじゃなかった。
お粥はお粥の味を味わう。
漬けものは漬けものの味を味わう。
最初は食べなれないだけに少しだけ抵抗があった朝食。
でも素材そのものの味を堪能することができた気がした。

その後の掃除の時間は長く感じた。
学生時代でも3時間掃除に集中したことがなかった気がずる。
雲水さんたちはそれぞれの持ち場を掃除していくのだが、私語は一切ない。
朝から一切休む暇もなく働いてるし、
みなさんはどんな時にコミュニケーションをとるのかちょっと気になった。

昼食は朝食に比べてボリュームがある。
食事の最後には食器をすすぐために配られるほうじ茶。
最初は抵抗があったがすべてを余すことなくいただくという考えに、
私自身の普段の生活を考え直さなくてはいけないなと思った。

午後も引き続き掃と農作業。
掃除するところは私たちが普段からすることと基本的には同じ。
ほうきで掃いて、雑巾がけをし、ゴミを片づける。
でも、敷地が広いだけに時間がかかる。
農作業はかなり重労働だ。
畑を耕し、腐葉土はお寺の敷地内に落ちた枯れ葉から。
自給自足に近い生活。

ご住職は、「皆さんの生活と基本的には何も変わりませんよ!」と語っていた。
確かに、基本的には変わらないかもしれない。
でも、坐禅を組む、食事をする、掃除をする・・・生活時間帯や習慣は違えども
一つの事に集中するという当たり前のことには変わりはない。
私たちはは今、たくさんの物や情報に囲まれて目の前のものの本質を思う時間などない気がする。
万寿寺での生活はそんな当たり前ことを考えさせられる生活のような気がした。




2011年9月14日水曜日

元町石仏

大分県大分市上野丘。
今までは、住宅地、芸術にかかわる団地といったイメージだった。
こんな町の中に古い歴史を持つものがこんなに残っているとは思わなかった。

それを代表するのが元町石仏。
建てられたのは11世紀中ごろ。
本尊の薬師如来はとても状態がよく、歴史の重さと古くからたくさんの人が大切に守り続けてきたことがよく分かる。
 
円寿寺のご住職の話を聞いて驚いたのが薬師如来坐像の膝元。ここから潮が湧き出しているということ。
古くは周辺が海でこれらの石仏が海岸沿いにたたずんでいたからだと。それでも1000年以上昔のことなのに未だに吹くというのが私にとってはとても驚くべきことのように感じた。

そしてもう一つ。
交通量の多い通り沿いにたたずむ岩屋寺石仏。
これまでは前の通りを通るくらいで、しっかりとみたことがなかった。
この岩屋寺石仏にも様々な人々の思いが込められていることに感心させられた。
 
全部で17体の石仏があるということだが、
風化が激しく、17体全てを把握するのが難しい。
でも、石仏として日本で唯一の十一面観音菩薩などものこり大変貴重なものだ。
 
ご住職の話では全国で数える8割の石仏が大分に残るそうだ。
でも、実際にそのことを地元大分の人はどれくらいの人が知っているだろうか。
この町に溶け込んでいる貴重な歴史を改めて見直して、誇りを持って、後世に伝えられていくといいなと改めて思った。
そのためにはその歴史を現代の私たちが語り継いでいくべきなんだろうと思う。
ヤクシングループのマスコットキャラクタープラス君の携帯ストラップと
幸せをよぶ四葉のクローバーをセットにして 
抽選で10名の方にプレゼントします。
宛先 〒870-1193 大分市松が丘59-12
大分ケーブルテレコム
○視聴者プレゼント係



 
締め切りは10月5日まで
※住所、氏名、年齢、番組の感想をご記入の上
官製ハガキにてご応募下さい。

ヤクシンインフォメーション

今回からヤクシングループのマスコットキャラクター「プラス君」と一緒に様々な情報をお届けしていきます!

今回は「ヤクシンプラス」
きっとテレビCMなどで名前を耳にしたことがあるのではないでしょうか?

結婚式やお葬式などの人生の大切な時に備えて掛け金を積み立てることで様々なサービスが受けられるというもの。
結婚式では新郎・新婦用の衣装や家族の衣装を着付けまでサポートしてくれるサービスがあったり、
お葬儀では自宅葬や会館葬、それぞれに合わせたサービスが充実しているんです!

人生の大切な時のために備えよう!と自分の中で思っていてもなかなか行動できなかったりするので、こういうサービスを使うという のもいいですね! 
一口3000円と月々の掛け金もお得なので、
ぜひ皆さんも一度お問合わせ下さい。

風之荘

今回は風之荘で取り組んでいるエコに関する取り組みや新聞・雑誌広告、葬祭豆知識など盛りだくさんでお送りしています。

まず、風之荘で行っているエコの取り組み。
一見、普通のクラフトバッグ。
でもこれは風之荘でお客様が何か持ち帰るときなどにお渡ししているものなんだそう。
色々なお店でこういうクラフトバッグもらいますよね!
誰かにお裾わけを持って行く時、鞄の中に入りきらない時などなど・・・何かと役立つんですよね!
でも、時と場合を考えてプリントのデザインを気にしてしまうのは私だけでしょうか。
このクラフトバッグの様にシンプルなデザインなら気にすることなく何度も何度も使うことができて便利。
そうやって何度も何度も破れるまで使うことそれがまさにエコ!

そしてもう一つ。
エコとは少し離れますが、お客様がスムーズに式にのぞめるようにするためのこんな気配りも!
それがこの受付セット。
のりにはさみにメモ帳ホッチキスに至るまで・・・
これだけあれば簡単な事務仕事もこなせそうなセットですね。


今回から始りました葬祭ミニ時典!
葬儀では何かと分からないことばかり・・・
私自身も葬儀に出席する度に周りの方の様子を見てついていくような始末です。 
心を込めてお送りするためにぜひ参考にしてみて下さい。

今回はお焼香の仕方でした。
江良さんにならってまず一礼。
前に進んで抹香をひとつまみ取り心を込めて一度だけ焼香します。

それぞれの宗派によって異なりますが、ご自身の作法に従ってぜひ行って下さい。

そしてもう一つ。
プラス君と河野さんが紹介してくれているのが風之荘での新聞・雑誌の広告。
私も目にする度に「深いなぁー」と感じさせられる。

今回は「曹源一滴水」

この言葉にもおもしろいエピソードと深い意味が隠れているんです。
ぜひ番組で確かめてみてください。

2011年8月4日木曜日

8月の放送 富貴寺

私自身、六郷満山という言葉は知っていたものの、そこにどんな背景があって、どんな歴史があるのかあまり知らなかった。
長く大分に住んでいながら少し恥ずかしいことだ、今回の取材を機に、こんなにも素晴らしいものがあるのだと、自分の住む大分県を更に誇らしく思えた。

国東半島を車で走ると、「あ!ここにも!そこにも!」と思わず口にしてしまうほど、いたるところに寺院がある。
「どんなに小さな集落でもきちんとそこに残っているのは、地元の方々がいかに大切に守り続けて下さったかということなんです」とある寺の住職が話していた。

今回取材した富貴寺大堂にもそんな地元の方々の思いの歴史が感じられた。
現存する九州最古の木造建築物「富貴寺大堂」
そう言葉にするとさらりと言えてしまうのだが、今日まで守り続けるにはたくさんの困難があったそうだ。
大友宗麟の時代には焼き討ちに遭ったり、戦時中には爆弾によって建物の一部が破損するなど・・・
関係する多くの人の思いがなければ今日見ることができなかったのだろうとその佇まいを前にふと思った。

富貴寺大堂の中に座る阿弥陀如来坐像も歴史的に非常に価値が高いものだ。
いまでこそ木目が表れて素朴な味わいになっているがその昔は色鮮やかな色彩像だったという。
それを再現されたものが県立歴史博物館に展示されているが、確かに、目の覚めるような鮮やかな色彩だ。
現在の姿になったのは、大堂の屋根が破損してしまったときに雨ざらしになってしまった歴史があるからだそう。
ただ個人的には、この木目の浮かび上がる現在の姿にその歴史の重みが感じられて好きだ。

その富貴寺大堂にも敷かれている七島イの畳。
最近はふちなしの畳を一般に琉球畳といわれているが、本当はこの七島イを使った畳が琉球畳なのだそう。

七島イの生まれは琉球。(現在の鹿児島県のトカラ列島)
しかし、それを持ち帰り世に広めたのは大分の商人なんだそうだ。初めはその丈夫さに関西・関東・東北の一般庶民が使うものだったのだが、イ草の畳におされるようになると、一日に2~4枚程度しか作られない七島イの畳は高級品になっていったそうだ。
高級品として確立してきた近年では都市部の富裕層に向けて出荷することが多く、大分県内への出荷というのは少ないのだ。そのため現在も大分県が唯一の七島イの産地だということを知らない人が多いそうだ。

その栽培から製造までには手間暇がかけられている。
残る農家は数軒しかないそうだ。
他の畳とまた違う若葉のさわやかな香りと丈夫でとにかく肌触りが優しい七島イ。
もっと多くの人に知ってもらいたい!そんな気持ちにさせられた。