2013年11月19日火曜日
風之荘のお知らせ
今回は、「風之荘本館大道斎場」1階「信の間」の改装についてご紹介しました。
ご紹介した通り、大幅に改装されたこの部屋は、近年ニーズが多くなっている家族葬や小規模な葬祭に最適な場所となっています。
控え室にも、バスルームや洗面台が完備され、ご遺族の方々も余計なストレスを感じる事なく、亡くなった方を送り出す事ができます。
ご予約をいただければ、各部屋の見学も可能です。
合わせて、ご意見・ご希望等ございましたら風之荘までご一報ください。
2013年10月1日火曜日
10月の放送 <悲劇の戦国武将 吉弘統幸>
今回は、吉弘統幸(よしひろむねゆき)をご紹介しました。
8月放送の「黒田官兵衛 天下を狙う」の本ブログでもご紹介した人物です。
実は、黒田官兵衛を語る際に外せない人物の一人として名前が挙がっていたのですが、構成の都合もあり一度封印されたものでした。
しかし今回、改めて吉弘統幸を紹介することになり、追撮・再構成を行うこととなりました。
追撮を行うにあたって、行かなければならない場所が、吉弘統幸に縁のある福岡県の柳川市、そして大分県の豊後高田市でした。
取材当日の集合時間は早朝の6時。柳川市までの移動時間が2時間半。
そして、柳川市から豊後高田市までの移動が3時間。
撮影時間より移動時間の方が長いロケでしたね・・・
しかしながら、豊後高田市の取材では素晴らしい出会いがありました。
撮影場所を尋ねようと小中一貫校「戴星学園」を訪れたところ、なんと、校長先生自ら案内していただくことに。
今までの経験から「よくわからんなあ」と言われておしまいだと思っていました。正直なところ、学校の先生がこんなに詳しく地元の歴史を語ってくれるとは思いませんでした。
おかげ様で、撮影もスムーズに行うことができ、よい番組を作る事が出来ました。この場を借りてお礼を言いたいと思います。
こういう地元の事をよく理解している人が校長先生だったら、子どもたちも勉強だけではなく、地域のこともしっかり学ぶ事ができるだろうと思いました。
そういうことが本当の意味で後世に伝えるということ、ひいては子どもたちの郷土愛といったものの育成に繋がるのではないかと感じた取材でした。
10月のプレゼント
今回も番組の特別篇DVDを
宛先 〒870-1193 大分市松が丘59-12
大分ケーブルテレコム
○視聴者プレゼント係
締め切りは2013年11月5日まで
※住所、氏名、年齢、番組の感想をご記入の上
官製ハガキにてご応募下さい。
大分ケーブルテレコム
○視聴者プレゼント係
締め切りは2013年11月5日まで
※住所、氏名、年齢、番組の感想をご記入の上
官製ハガキにてご応募下さい。
2013年9月3日火曜日
<9月の放送>大分の先祖供養
今回の「円相」では、大分の先祖供養をご紹介しました。
先祖供養というと何を思い浮かべますか。
身近なものでいうと「盆踊り」がそれにあたります。
県内では、番組でも紹介した「姫島盆踊り」や「鶴崎踊り」が有名ですね。
各地域の先祖供養を紹介しましたが、取材した中で最も衝撃を受けたのが宇佐市長洲地区の「精霊送り」です。
「御殿灯籠」と言われる灯籠は、豪華絢爛という言葉がぴったり。それだけで極楽浄土の雰囲気を醸し出していました。故人への思いを形に表した物がこの「御殿灯籠」なのではないかと思いました。
この御殿灯籠はその家々によって特徴があり、華が多く飾ってあったり、生前のお仕事に関係ある物が飾られていたり、亡くなった方の人柄などを随所に盛り込んでいるものでした。
しかも、それを燃やしてしまうというのですからまた驚きです。
燃え上がる炎の中、豪華な灯籠が崩れ落ちていく様を見るのは何ともいえない気分でした。
当 初、お盆の催しということで、もっとしめやかなイメージを持っていましたが、どちらかというとお祭りに近い、「盛大に故人を送り出そう」という雰囲気の行 事でした。もちろん神妙な顔をされている方、涙を流される方などはいらっしゃいましたが、故人を送り出す行事としては今までに触れた事がないものでした。
取材をする中で「若いもんが外に出てしまって、灯籠の担ぎ手がおらんようになりよる」という話も聞きました。
地域の事情もあるでしょうが、できればこのような伝統行事はずっと受け継いでいってほしいものです。
9月のプレゼント
今回も番組の特別篇DVDをプレゼントいたします。
宛先 〒870-1193 大分市松が丘59-12
大分ケーブルテレコム
○視聴者プレゼント係
締め切りは2013年10月5日まで
※住所、氏名、年齢、番組の感想をご記入の上
官製ハガキにてご応募下さい。
宛先 〒870-1193 大分市松が丘59-12
大分ケーブルテレコム
○視聴者プレゼント係
締め切りは2013年10月5日まで
※住所、氏名、年齢、番組の感想をご記入の上
官製ハガキにてご応募下さい。
ヤクシンインフォメーション【レストランサッポロ】
レストランサッポロでは「秋の新メニュー」が登場しています。
秋刀魚や舞茸、栗など秋の食材を使ったサッポロならではの料理が目白押しです。
インフォメーションでご紹介した「秋の鯛ラーメン」、「秋茄子の和風グラタン」、「占地のどびん蒸し」ももちろん絶品ですが、私のおすすめは「ししゃも南蛮漬け」です。
ししゃもの南蛮漬けってありそうでなかったものではないですか?
甘酢とししゃも独特の食感が絶妙にあわさった一品になっています。お酒のお供にも最高です。
まだまだ厳しい暑さが残っていますが、一足早く秋を堪能してみてはいかがでしょう。
2013年8月2日金曜日
<8月の放送>黒田勘兵衛 天下を狙う
豊後の関ヶ原と言われる石垣原の戦い。
そこで黒田軍と激闘を演じた人物が吉弘統幸(むねゆき)です。
石垣原の戦いでは黒田軍の敵となってしまったが、一時は黒田如水に招かれ、黒田家の重臣・井上之房の家に預けられていたこともある人物です。
後に従兄弟である柳川城主・立花宗茂の下へ身を寄せ、これに2,000石で仕えることとなります。
この吉弘統幸、たいへん義理堅い人物として知られています。
関ヶ原の戦いの際、自分が仕えていた立花家は西軍につくことを表明。
しかし統幸は、大友家当主・大友義乗が徳川家に仕えている為、大友家の旧恩に酬いようと宗茂に断って立花家を暇請いし、義乗の元へ向いました。
その道中に大友家の再興を狙う前当主・大友義統に出会い、統幸は義乗のこともあり義統に東軍加担を進言しましたが、義統は聞き入れず。統幸の思いとは裏腹に、西軍として戦うことになってしまいました。
石垣原の戦いでは、得意の槍を手に獅子奮迅の活躍を見せ、数の上で劣る大友軍を奮い立たせましたが、徐々に劣勢に立たされると、主君である義統に別れを告げ、残りの手勢30余騎で無謀にも黒田勢に突撃、七つ石において戦死しました。
統幸は最期まで義統をはじめ、お世話になった人々に義理を通した男でした。
彼の死後、その統幸を近くの臨済宗・太平山宝泉寺の住職が村人と相談したうえで、石碑をたてて手厚く葬り、その印に一株の松を墓の側に植え、位牌を寺に安置して、その菩提を弔っていました。
大正11年(1922)、地域の人々の手により、墓所の前に一間社流造の本殿と入母屋造裳階付の拝殿を建立。「吉弘神社」と名付けられました。
敗軍の将ながら、このように祀られているのは珍しく、それほど彼が魅力的な人物であり、敵味方関係なく評価されていることの表れでしょう。
また、「吉弘」の名が残る国東市武蔵町吉弘地区では、楽庭八幡神社の境内で、天下泰平・五穀成就・虫祈祷のために行われる踊りである「吉弘楽」が重要無形文化財として今なお受け継がれています。
全国的には無名の吉弘統幸ですが、優秀な戦国武将のひとりであったことには違いないでしょう。
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