今回は大分が生んだ日本画の巨匠「福田平八郎」をご紹介しました。
明治25年に大分市で生まれ、明治43年に上京し京都市立美術工芸学校に入学しています。
その理由が、数学を苦手としていて「数学のことを考えるだけで世の中が暗くなる気がして」ということだったそうです。
この気持ち、ものすごく共感できます。
私も高校時代、クラス分けで「数学が嫌い」という理由で文系を選択しました。
数学のテストで目を覆いたくなるような点数をとったこともあります。
忘れもしません、答案用紙に赤で記された△。部分点しかとれていませんでした。
私の話はさておき、大分市王子中町に福田平八郎の生家跡があります。
現在は「福田平八郎顕彰公園」として、市民の憩いの場となっています。公園内には、顕彰碑の他に代表作である「鯉」と「竹」のレプリカが設置されています。撮影当日、その「竹」にちなんだものだろうとは思いますが、顕彰碑に本物の筍が供えられていたのが印象的でした。
しかしながら、公園自体が縦に細長い形と住宅地にあることから、場所が大変、分かりづらかったです。
カーナビにも表示されず、同じ道をぐるぐると3周ほど回るはめに・・・
近くに案内の看板はあるのですが場所が特定できず。実際は100mほど離れた別の道を無駄に回っていたようで・・・公園前に、石碑だけでなく案内板も設置していもらえると助かります。
福田平八郎は釣りが好きだったとの事。
「漣」という作品は、昭和天皇と一緒に魚釣りに行ったときの、池面に映る水面の模様を描写しています。
昭和天皇と釣りに行くというのもすごいことですが、波だけを絵にしたことで日本画の常識を覆したと言われています。
シンプルな配色と構図なんですが、見れば見るほど水面でゆれるさざなみそのもの。釣り人だからこそ純粋に波をとらえることができたのではないかと、
釣り好きの私は感じました。
さて、4月24日に大分県立美術館OPAMが開館し、県民の芸術に関する感心も高まっているのではないかと思います。
気軽に国内外の芸術に触れる事ができるのはうれしいですよね。
あわせて、福田平八郎をはじめ、県出身の芸術家について学べぶことで芸術がいっそう身近に感じ、より楽しめるのではないかと思います。