2015年7月8日水曜日

7月の放送 大分の河童伝説


今回は「大分の河童伝説」についてご紹介しました。
河童伝説は全国各地に残っており、大分県も例外ではありません。
頭のお皿に背中の甲羅、短いくちばしに手足の水かきという姿。また、いたずら好きで相撲が得意、人の尻子玉とキュウリが大好物というのは、誰もが知る河童のイメージですよね。
ちなみに河童と相撲をとるときは、仏様へのお供え物を食べて戦うと、子どもでも勝てるのだそうです。

緑色で描かれることが多い河童ですが、赤色の河童もいるとのこと。また、河童の多くは湖沼や川に住んでいますが、福岡県の地行浜の「酒飲み河童」は海に住んでいるそうなんです。
実は河童の由来として、中国神話に登場する黄河の神「河伯(かはく)」が海を渡り、河童となったという説もあるので、海に河童がいたとしても不思議ではないでうよね。
蛇足ですが、『西遊記』に登場する沙悟浄は、日本では河童の姿でおなじみですが、中国では河伯であるとされています。

さて、今回は県内の河童伝説をいくつかご紹介しましたが、取材で一番驚いたのが中津市にある金剛山自性寺に所蔵されている「河童の詫び証文」です。
「河童のミイラ」や「河童図」などは多く残っていますが、「河童直筆の書」というのは全国を探しても自性寺だけではないでしょうか。
詫び証文を書いた河童の名は「ケンヒキ太郎」。証文のあらすじは「今後中津の人々に悪さをしない事を誓う」といった内容で、天明6年(1786年)6月15日付けで書かれていますが、なかなかの達筆です。
自性寺の境内には河童の墓もあり、改心した後は仏様を信仰していたのかもしれませんね。

同じく中津市の耶馬渓町にある雲八幡宮では300年以上の歴史をもつ「かっぱ祭り」が毎年開催されています。
平家の落人の霊魂が河童になって荒れ狂っていたため、それを鎮める為の神事として奉納されていたお祭りですが、厄払いや五穀豊穣の意味も込められています。
雲八幡宮には狛犬ならぬ狛河童「あ・うんの河童」が鎮座しており、本殿にも河童に関する天井画が数多く描かれていています。

このように、お寺と神社、どちらにも影響を与えている河童は、人々にとってたいへん身近な存在だったのでしょう。だからこそ、現代社会にまで数多くの伝説が残っているのだと思います。

想像上の生き物とされている河童ですが、宇宙人説であったり、現代でも稀に河童の目撃情報があるようで、未確認生物としてもあげられます。
もし実在しているのなら、一度相撲をとってみたいものです。
もちろん、仏様に手を合わせ、お供え物を拝借してからですが・・・

7月のプレゼント 


今月は日本不思議伝説大図鑑を3名のみなさまに抽選でプレゼントいたします。

宛先 

〒870-1193 大分市松が丘59-12
大分ケーブルテレコム
○視聴者プレゼント係

締め切りは2015年8月5日まで
 
※住所、氏名、年齢、番組の感想をご記入の上
官製ハガキにてご応募下さい。    

ヤクシンインフォメーション 風之荘 物故者慰霊祭


今回は、去る6月9日に風之荘本館にて開催されました、平成26年度物故者慰霊祭についてご紹介しました。
 今年で24回目を迎える物故者慰霊祭は、この一年間で風之荘にてお見送りのお手伝いをさせていただいたご遺族の方々にご参列いただきました。

今年の慰霊祭のテーマは、運命の糸を自分の手でたぐりよせようという意味の「つむぐ」。

慰霊祭では、献灯をはじめ県内外で活躍中のアンサンブルイーゴのみなさんによる献奏をはじめ、風之荘スタッフによる絵本の朗読、大分市東大道にある「やまおか在宅クリニック」の山岡憲夫院長による講演、バルーンリリースなどが行われました。

風之荘のテレビCMでお馴染みのバルーンリリースでは、白い風船を放ったご遺族の方々の表情は様々。寂しそうな方もいれば、清々しい表情をされている方もいらっしゃいました。
心配された天気がなんとかもちこたえ、それぞれの想いを乗せた風船を天高く飛ばす事ができました。
空を舞う風船を見ながら故人を偲ぶ姿は、見ていてなんとも言えない気持ちになります。

2015年6月5日金曜日

6月の放送『大分の遺跡』





今回は「大分の遺跡」と題し、県内にある先史時代から有史時代の遺跡をご紹介しました。
私自身、この取材をするまで県内にこれだけ多くの遺跡があることを知りませんでした。
例えば、大分市里にある亀塚古墳。県内最大級の前方後円墳で、国の史跡にも指定されています。現在は公園として整備されており、敷地内の海部古墳資料館ではジオラマや出土品を
はじめ様々な資料が展示しているので当時の様子を知る事ができます。
こんなに立派な古墳と資料館がありながら、足を運んだのはつい最近の事です。
また、大分市の古宮古墳や豊後大野市の岩戸遺跡も国の史跡に指定されており、大変貴重なものが数多く出土しています。


これまでも様々な場所で発掘作業等が行われていますが、そのほとんどが開発によって埋め戻されているそうです。
そう考えてみると、今残っているものがどれだけ貴重か分かりますよね。

取材を通して、当時の時代への好奇心や先人達の知恵へ尊敬の念を抱きました。それと同時に何百年後には今の時代のものがこうやって資料館に展示されているかもしれないということを考えると、不思議な気分になりました。
今の時代のものを見て未来の人はどう感じるのか気になりますよね。

加えて、遺跡の研究や発掘作業に関わっている人たちは、一つの出土品がそれまで考えられてきた歴史を覆す事にもなりうるので、ある意味「歴史を動かす」仕事をしているんだと感じました。
ロマンもありながら、大変な仕事でしょう。

貴重なものが数多く残る大分県。それをどれだけの人が知っているのでしょうか。
先人達が残したものを私たちひとりひとりが理解し、後世へと伝えていかなければいけませんね。



6月のプレゼント 



九州古代遺跡ガイドを抽選で5名のみなさまにプレゼントいたします。



宛先 

〒870-1193 大分市松が丘59-12
大分ケーブルテレコム
○視聴者プレゼント係

締め切りは2015年7月5日まで
 
※住所、氏名、年齢、番組の感想をご記入の上
官製ハガキにてご応募下さい。    

2015年5月8日金曜日

5月の放送 福田平八郎



今回は大分が生んだ日本画の巨匠「福田平八郎」をご紹介しました。
明治25年に大分市で生まれ、明治43年に上京し京都市立美術工芸学校に入学しています。
その理由が、数学を苦手としていて「数学のことを考えるだけで世の中が暗くなる気がして」ということだったそうです。
この気持ち、ものすごく共感できます。
私も高校時代、クラス分けで「数学が嫌い」という理由で文系を選択しました。
数学のテストで目を覆いたくなるような点数をとったこともあります。
忘れもしません、答案用紙に赤で記された△。部分点しかとれていませんでした。

私の話はさておき、大分市王子中町に福田平八郎の生家跡があります。
現在は「福田平八郎顕彰公園」として、市民の憩いの場となっています。公園内には、顕彰碑の他に代表作である「鯉」と「竹」のレプリカが設置されています。撮影当日、その「竹」にちなんだものだろうとは思いますが、顕彰碑に本物の筍が供えられていたのが印象的でした。
しかしながら、公園自体が縦に細長い形と住宅地にあることから、場所が大変、分かりづらかったです。
カーナビにも表示されず、同じ道をぐるぐると3周ほど回るはめに・・・
近くに案内の看板はあるのですが場所が特定できず。実際は100mほど離れた別の道を無駄に回っていたようで・・・公園前に、石碑だけでなく案内板も設置していもらえると助かります。

福田平八郎は釣りが好きだったとの事。
「漣」という作品は、昭和天皇と一緒に魚釣りに行ったときの、池面に映る水面の模様を描写しています。
昭和天皇と釣りに行くというのもすごいことですが、波だけを絵にしたことで日本画の常識を覆したと言われています。
シンプルな配色と構図なんですが、見れば見るほど水面でゆれるさざなみそのもの。釣り人だからこそ純粋に波をとらえることができたのではないかと、
釣り好きの私は感じました。

さて、424日に大分県立美術館OPAMが開館し、県民の芸術に関する感心も高まっているのではないかと思います。
気軽に国内外の芸術に触れる事ができるのはうれしいですよね。
あわせて、福田平八郎をはじめ、県出身の芸術家について学べぶことで芸術がいっそう身近に感じ、より楽しめるのではないかと思います。

5月のプレゼント 




大分銘菓 雪月花を抽選で10名のみなさまにプレゼントします。

今回は、番組でもご紹介しましたOPAMの入場券をペア4組にプレゼントいたします。


宛先 

〒870-1193 大分市松が丘59-12
大分ケーブルテレコム
○視聴者プレゼント係

締め切りは2015年6月5日まで
 
※住所、氏名、年齢、番組の感想をご記入の上
官製ハガキにてご応募下さい。