2012年6月1日金曜日
スカイホール
みなさんは都町のホテルザーズ4階のスカイホールってご存知ですか?
中には利用した方もいるとは思いますが、簡単に説明するとフレキシブルに目的に応じて色んな使い方ができるイベントスペースなんです。
用途は様々、法事、仏事や会議、またはパーティーなどなど・・・イベントでの利用に適していて、しかも料理も予算に応じて会席やコース料理など様々なメニューを提供してもらえるので、とっても便利なんですよ。要望があればビュッフェスタイルも可能だそうです。
料理はスカイホールと同じフロアにありますレストランサッポロでつくっているのでお味の方は間違いないです。
サッポロの方もは少人数のグループから団体さままで気軽にご利用できるので、ちょっとした集まりから歓送迎会、合コンなどに最適ですよ。
まずはイベントを考えている方がいましたら、是非、一度レストランサッポロにお問い合わせください。
風之荘
先月、5月26日に風之荘本館で開催しました公開講座「大分・生と死を考えるセミナー」を紹介しました。
講師はグリーフケアの第1人者、上智大学名誉教授のアルフォンス・デーケン氏、
当日は多くの方々にご参加頂き,大好評のようでした。
私自身もアルフォンスデーケン氏のユーモアに溢れた
語りに聞き入り、死に対する考え方が多少なりとも変わったような気がします。
暗くなりがちなテーマですが、前向きに明るく考えれば、故人も自分も救われるような気さえしてきました。
番組では公開講座の模様をダイジェストでご紹介しましたが、ご覧になれなかった方はデーケン氏の著書で是非。
めったにない貴重な機会でしたが、葬祭場でこのようなセミナーが開催できるということは素晴らしいことだと思いませんか?
いつもは悲しみと静粛な雰囲気に包まれる場所ではありますが、この日ばかりは
デーケン氏のユーモアな語りに会場は笑いに包まれ心が豊かになった・・・!?
不思議な時間でした。
2012年5月1日火曜日
5月の放送 可兒醤油 鑰屋
慶長5年創業の可兒醤油こと鑰屋ですが、慶長5年と言えば関ヶ原の戦いがあった時代、そう考えると、伝統をよくぞ守ったとご先祖たちの喝采が聞こえそうです。
番組では紹介しませんでしたが、創業に至るまでの話がとても面白い。
まるで時代劇を見ているようです。
慶長の時代(江戸開廟前)、美濃藩主稲葉貞道が臼杵に移封される1年前、商人・医者・僧侶・農民等に変装した7人の武士達が臼杵の町に偵察に来ました。俗に言う稲葉の7人衆です。商人に変装した可兒孫右衛門は、一年後に殿様と一緒に來臼した次男と共に、臼杵市本町で1600年(慶長5年)味噌の製造業、「可兒醤油、屋号:かぎや」を興しました。以来城下町商人として手広く商いをし、稲葉藩に貢献して繁栄をもたらしたとして名字・帯刀を許されましたが、武士であった可兒孫右衛門は、商人になる為3年間牢獄に入ったと可兒家文書に記されています。(出典:かに醤油HPより)
とそれから、412年もの間、ずっと守られてきたんですよ。
それとかに醤油でおすすめなのがワンコインで食べられる定食メニュー「醤油屋のまかないめし」です。
この「まかないめし」、ごはんの上にじゃことのりがかけられ、その上にもろみがのっていてこれにだし汁がをかけて食べるのだが、醤油の風味が口いっぱいに広がるもろみが実に絶妙で、さらにごはん、のり、じゃこたちがだし汁とうまく調和し絶品の味に変化していくのだ。
このメニューには、さらにショウガの漬け物と冷や奴がついていてとてもお得。
もっと多くの人に食べてほしい逸品です。醤油と味噌もお勧めです。
番組では紹介しませんでしたが、創業に至るまでの話がとても面白い。
まるで時代劇を見ているようです。
慶長の時代(江戸開廟前)、美濃藩主稲葉貞道が臼杵に移封される1年前、商人・医者・僧侶・農民等に変装した7人の武士達が臼杵の町に偵察に来ました。俗に言う稲葉の7人衆です。商人に変装した可兒孫右衛門は、一年後に殿様と一緒に來臼した次男と共に、臼杵市本町で1600年(慶長5年)味噌の製造業、「可兒醤油、屋号:かぎや」を興しました。以来城下町商人として手広く商いをし、稲葉藩に貢献して繁栄をもたらしたとして名字・帯刀を許されましたが、武士であった可兒孫右衛門は、商人になる為3年間牢獄に入ったと可兒家文書に記されています。(出典:かに醤油HPより)
とそれから、412年もの間、ずっと守られてきたんですよ。
それとかに醤油でおすすめなのがワンコインで食べられる定食メニュー「醤油屋のまかないめし」です。
この「まかないめし」、ごはんの上にじゃことのりがかけられ、その上にもろみがのっていてこれにだし汁がをかけて食べるのだが、醤油の風味が口いっぱいに広がるもろみが実に絶妙で、さらにごはん、のり、じゃこたちがだし汁とうまく調和し絶品の味に変化していくのだ。
このメニューには、さらにショウガの漬け物と冷や奴がついていてとてもお得。
もっと多くの人に食べてほしい逸品です。醤油と味噌もお勧めです。
5月のプレゼント
可兒醤油の味噌と醤油のセットです。
プレゼントにはずれても、一度食べてほしい日本の味です。
宛先 〒870-1193 大分市松が丘59-12
大分ケーブルテレコム
○視聴者プレゼント係
締め切りは2012年6月5日まで
※住所、氏名、年齢、番組の感想をご記入の上
官製ハガキにてご応募下さい。
大分・生と死を考えるセミナー
人は死別などによって大切な人を失うと、長期に渡って「悲嘆(GRIEF)」
を感じます。その悲嘆に襲われている人に対するサポートのことをグリーフケアと言います。風之荘では、グリーフケアに大分ではいち早く取り組んでいてその取り組みのひとつとして今月、5月26日(土)に風之荘本館にて上智大学名誉教授のアルフォンス・デーケンス氏を迎えて公開セミナーを開催します。
講師のデーケンス氏はドイツオルデンブルク生まれでイエズス会司祭、哲学者でもあります。
専門は死生学。母国ドイツでは、1970年代半ばから、中学や高校で、死の準備教育が盛んになったと言います。
そういった環境で生まれ育ったデーケンス氏は今や日本各地で、生と死を考えるセミナーを行っています。
セミナーのテーマは「よく生き よく笑い よき死と出会う」です。
すでにデーケン氏が執筆した同テーマの単行本が出版されています。
当日、都合の悪い方はこちらを読むのもいいかもしれません。
さて、もう少し内容について詳しく説明すると、と思いましたがこれから受講される方も多いと思いますのでデーケン氏の言葉、アルフォンス・デーケンの祈りユーモアと笑顔のすすめから興味深かったことをご紹介。
私の母国ドイツには「ユーモアとは《にもかかわらず》笑うことである」という有名な定義がある。
これは、自分はいま大変苦しくつらい状態だが、それにもかかわらず、相手を少しでも喜ばせようとほほえみかけるやさしい心づかいが、真のユーモア精神だという意味である。
いま日本人のがんによる死亡率は、全体の28パーセントを占めるという。
これは4人に1人以上はがんで亡くなるということだから、がんに罹る人はもっと多いわけである。私もその1人だ。
3年前の春、大腸のポリープをとったら、細胞検査でがん細胞が見つかり、1ヵ月ほど入院して、大腸の一部切除の手術を受けた。
この入院前後の初体験は、改めて私にがん患者の微妙な心理経過と、医療関係者の対応の難しさを実感させてくれた。患者は医師や看護婦や検査技師たちの、ちょっとした動作や顔の表情にも敏感に反応し、過剰な不安を感じてしまうものだ。
幸い私は、順調に回復して現在にいたっているが、この経験は、それまで自分の健康を過信していただけに、大きな転機になったと感謝している。
ユーモアは神が人間だけに与えられたすばらしいプレゼントだ。ときには笑顔が言葉よりも多くの思いを伝える。現代生活のなかで、生涯まったく入院生活をもたないという人はきわめて稀だろう。
患者やその家族の立場に立つと、だれもが病院のなかにもっと温かくほっとできる雰囲気を望むのではないだろうか。
ユーモアと笑いには、お金をかけずにそうした環境を創りだす不思議な力がある。
この人間的な能力を、病院やホスピスのなかで十分に活用していただきたいというのが、私の念願である。
とデーケン氏は語っています。
このデーケン氏の願いは現実になるといいなと感じてる人も多いはず。
とはいえ、デーケン氏のセミナーは数少ない良い機会だと思うので、興味のある方は是非、ご参加ください。
<風之荘>平成23年度 物故者慰霊祭
風之荘では6月12日(火)に本館にて平成23年度 物故者慰霊祭を開催します。
対象となるのは、この一年間で風之荘がお見送りのお手伝いをさせていただいたご家族です。
毎年行われる慰霊祭は、風之荘スタッフたちが、本番にあわせコツコツと準備し、時には、ひたすら練習し様々な苦労を経て本番を迎えます。
ちなみに昨年は献灯にはじまり、献奏、朗読、合唱や公演、そしてバルーンリリースを行い、来場されたみなさんのひとり、ひとりが故人を偲び、充実のひとときを過ごし、感動していたようです。
今回は昨年とは、内容は多少異なりますが、対象となるみなさまは、是非ご参加ください。
2012年4月1日日曜日
4月の放送 帆足萬里
今回は豊後三賢のひとり、儒学者 帆足萬里。
みなさんは帆足萬里のことどれくらい知っていますか。
せいぜい日出町の偉人っていうぐらいではないでしょうか。
詳しくは番組をご覧頂くとして、取材して「え!?」って思うことが
いくつかあるので記しておきます。

日出町には今でも、暘谷城付近に日出藩校の致道館が現存しています。
ここには萬里の書(写し)が数点あり、いかにも萬里に縁のある学校の
ように感じますが、史実としては、全く関係なかったことです。

そもそも致道館は萬里の死後建てられたもので、彼の影響で後に建てられた
とも言えますが、実際はここで教えていたわけでも教わったわけでも
ありません。
また日出町は日出の碩学 帆足萬里といいつつ、町には記念館や資料館も
ありません。銅像とお墓、そして萬里の名が付いた図書館があるのみです。
しいて言えば図書館に萬里直筆の著書や手紙が保管されていますが
残念なことに一般には公開されていません。
さらに、著書や手紙についても未だ解読ができていないものもあるようで
謎の部分も数多くあります。
このことは自分にとって大分の謎のひとつです。
みなさんは帆足萬里のことどれくらい知っていますか。
せいぜい日出町の偉人っていうぐらいではないでしょうか。
詳しくは番組をご覧頂くとして、取材して「え!?」って思うことが
いくつかあるので記しておきます。

日出町には今でも、暘谷城付近に日出藩校の致道館が現存しています。
ここには萬里の書(写し)が数点あり、いかにも萬里に縁のある学校の
ように感じますが、史実としては、全く関係なかったことです。

そもそも致道館は萬里の死後建てられたもので、彼の影響で後に建てられた
とも言えますが、実際はここで教えていたわけでも教わったわけでも
ありません。
また日出町は日出の碩学 帆足萬里といいつつ、町には記念館や資料館も
ありません。銅像とお墓、そして萬里の名が付いた図書館があるのみです。
しいて言えば図書館に萬里直筆の著書や手紙が保管されていますが
残念なことに一般には公開されていません。
さらに、著書や手紙についても未だ解読ができていないものもあるようで
謎の部分も数多くあります。
このことは自分にとって大分の謎のひとつです。
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