2014年6月10日火曜日

6月の放送 江戸の天文学者



 
今回は、日本の近代天文学の礎を築いた「麻田剛立」についてご紹介しました。

幼い頃から医学とともに独学で天文学を研究し、月に名前を残した人物として知られています。
月のクレーターは直径1km以上のもので30万個以上あると言われています。その中で日本人の名前がついたものは10個ほどしかなく、その一つが「クレーター・アサダ」です。
ちなみに、クレーターという名前を命名したのは天文学の父とも称されるガリレオ・ガリレイです。

日本では月にウサギが住んでいるという言い伝えがありますが、麻田剛立はどういう気持ちで月の観測を行っていたのでしょうか。
現実主義者だと言われる麻田は「ウサギなんかおらんっちゃ」と言いながら、もくもくと月の研究を進めていたような気がするのは私だけでしょうか。

番組をご覧になって気づいた方もいらっしゃると思いますが、番組中に一度も麻田剛立という人物の顔が出てきません。
それはなぜか。
単純に写真や肖像画が残っていないからです。歴史上の偉人の多くは代表的な写真や肖像画が残っているものですが、これだけの功績を残しながらそのようなものが残っていないのは数少ないのではないでしょうか。
しかしながら、月にはしっかりと名前がついているということがすごいですよね。

余談にはなりますが、麻田剛立のお墓は大阪のお寺にあります。そして、同じお寺に竹田市出身の画家である田能村竹田のお墓もあるそうです。同じ大分出身の偉人が、同じお寺で眠っているというのも不思議な縁を感じますよね。
余談ついでに、このお寺には松尾芭蕉の遺髪も納められているそうです。

探究心と努力を忘れなかった麻田剛立。
月に名を残すとまではいきませんが、誰かに認められ、自分の足跡をのこせるような人物になりたいものです。

6月のプレゼント

今回は番組で紹介しました麻田剛立の名にちなんで大分麦焼酎 剛立をプレゼントいたします。

宛先 
〒870-1193 大分市松が丘59-12
大分ケーブルテレコム
○視聴者プレゼント係

締め切りは2014年7月5日まで
※住所、氏名、年齢、番組の感想をご記入の上
官製ハガキにてご応募下さい。  

2014年5月9日金曜日

<5月の放送>吉四六話

 


今回は臼杵市野津町に伝わる「吉四六さん」のお話をご紹介しました。
野津町の商店街では、いたるところに吉四六さんのイラストやオブジェがあり、様々な表情の吉四六さんが出迎えてくれます。



さて、吉四六さんにまつわる説話の数は200を超えるとも言われています。
今回は3つの吉四六話をご紹介しましたが、最後にご紹介した「天昇り」の映像はクレイアニメーションで作っています。
「クレイ=粘土」
ひとつひとつのパーツを粘土でつくり、組み合わせ、静止画を撮る。そして画像を組み合わせていき、動いたように見せるという、たいへんアナログな作業です。
今回この作業に携わった担当者も、かなり苦労していました。
気が短い私にはとうてい出来ません。途中で粘土を握りつぶしてしまいそうです。

話は変わって、今回の視聴者プレゼントは「きっちょむジンジャー」です。
臼杵市は昭和40年代までショウガの一大産地でした。
徐々に衰退していった臼杵のショウガを復活させたいという思いから、生産者、加工業者、そして老舗酒蔵が協力して開発したのがこの「きっちょむジンジャー」です。

吉四六さんの話もそうですが、地元の伝統を守りたい、また復活させたいという思いは日本人として持ち続けたいものですね。


 

<5月のプレゼント>


 


今回は野津町の名物 ネーミングもユニークな「きっちょむジンジャー」を
5本セットを10名の方にプレゼントいたします。

宛先 
〒870-1193 大分市松が丘59-12
大分ケーブルテレコム
○視聴者プレゼント係

締め切りは2014年6月5日まで
※住所、氏名、年齢、番組の感想をご記入の上
官製ハガキにてご応募下さい。 

<風之荘>

 

今回のお知らせでは、3月7日に行われました環境整備産業株式会社 冨成顕義会長のお別れの会と、6月11日に行われる物故者慰霊祭について紹介しました。
風之荘ではこのように、葬儀以外でも故人に縁のある方をお招きし「お別れの会」を開催するお手伝いもしております。今回のように、故人が好きな花を献花したり、思い出の写真を掲載したりと、多くの思い出をより多くの方々と共有できる場がこの「お別れの会」だと思います。
縁といえば、6月に開催される平成25年度物故者慰霊祭のテーマは「ゆかり」です。
人生の大先輩となる方に、「祝い事は多くの人が集まるのは当たり前。死んだときにその人の人間関係がわかる」と言われた事があります。
様々な縁やゆかりを大事にしていかなければいけないと感じています。
6月の慰霊祭では、今年度対象となる多くの方々に参加していただきたいと思います。


2014年4月5日土曜日

4月の放送<儒学者 廣瀬淡窓>



まずは訃報をお伝えしなければなりません。
当番組のコメンテーターとして出演していただいておりました、大分学研究会の辻野 功会長が去る3月16日にすい臓がんのため、76歳でご逝去されました。
辻野会長に最初に出演していただいたのは「南蛮文化を花開かせた大友宗麟」、そして最後出演していただいたのは昨年10月に放送した「悲劇の戦国武将 吉弘統幸」でした。
そのときの取材は、福岡県の柳川市に行き、そのまま豊後高田市へ行くというものでした。半年前のことですが、そのとき食べたお昼ご飯まで思い出せるくらい鮮明に覚えています。
ほかには宮崎県まで日帰りの取材に行ったこと、取材に向かう車中で交わした会話、いつもの飲み物、口癖など、数えるほどしかご一緒したことのない中でも内容の濃い時間を過ごさせていただきました。
会長のおかげでこの番組がよりいいものになったと思っています。
ここまで「大分」を知っている方は他にはいないのではないでしょうか。

思い出はつきませんが、謹んでお悔やみ申し上げます。


 
さて、今回は豊後三賢の1人である「広瀬淡窓」をご紹介しました。
江戸時代の学者・教育者であり、私塾「咸宜園(かんぎえん)」の創始者です。かくいう私は咸宜園(かんぎえん)の読み方を知らなかったのですが・・・

それはさておき、咸宜園の名は中国最古の詩集「試経」にある、 「殷、命を受く咸宜、百禄是れ何う(いん、めいをうくここごとくよろしく、ひゃくろくこれになう)」からきています。「咸く宜し」とはすべてのことがよろ しいという意味で、身分や男女に関係なく受け入れ、一人一人の意思や個性を尊重する教育理念がその名に込められています
いわば、「等しく教育を受ける」ということの先駆者だったということです。
実はこの広瀬淡窓という人物、75年の生涯のうち、3分の2の50年間は病気のため寝床の上にいたと言われています。その中で、様々な人との出会いや別れがあり教育者となるわけですが、淡窓が書き記した「万善簿」というものに感心せずにはいられませんでした。
人知れず自分の善行・不善行について書き記し、73歳までにその総数が16125に達しています。
自分が万善簿をつけたとするならば・・・無理でしょうね。
まず、何がよくて何が悪いのかがわからなくなりそうです。意識して善行をするとなると、それはそれで違う気がするし、悪い行いはあげればキリがなさそうだし・・・
途中で投げ出してしまうこと間違いなしですね。まあ私のような人物は、逐一何かを書き留めるという作業自体が長続きしないものなのです。
こういうことを考えると、自分がとことんダメ人間なのではないかと思います。

いい事をしようとして行うのではなく、自然といい事ができる人間になりたいものですね。

ヤクシンインフォメーション〈レストラン サッポロ〉



今回は、ホテルザース4階レストランサッポロの「春の新メニュー」を「ご紹介しました。
今までのサッポロとはひと味もふた味も違ったメニュー構成になっていると思います。
なかでも、私のおすすめは「ざっくりポテチ」。
ここにきてポテトチップスと思われるかもしれませんが、それが普通のポテトチップスではない。
お店で揚げているので、他にはない厚切りポテトの食感と塩味がたまらない一品になっています。
まずは食べてみてその違いを体感していただきたいと思います。
これからの時期、歓送迎会はもちろん、花見が終わって、新たなスタートに際して、親しい仲間と、使い方はなんでもいいんです!
ぜひレストランサッポロで春を感じながら、ステキ時間を過ごしていただきたいと思います。